「点」がつながり、「面」になる日 ―ある中学生の受験と卒業に寄せて―
現代という時代は、大人だけでなく子どもたちにとっても、あまりに情報が速く、断片的な「点」として降り注いでくる社会のように感じます 。学校、塾、家庭。それぞれの場所で生じるストレスや膨大な情報は、整理されないまま脳に「過負荷」を与え、本来休息であるはずの睡眠ですら、そのメンテナンス機能を果たしきれないことがあります 。
私たちの教室に通い始めた頃の彼もまた、そうした情報の波の中で、どこか「しんどさ」を抱えていた一人でした 。当時は不登校の状況にあり、学校へは週に一度、自分で決めた時間に登校するのが精一杯という状態でした 。彼にとっての学校は、もしかすると、脈絡のない「点」がひしめき合い、処理しきれない「戦いの場」のように見えていたのかもしれません 。
転機となったのは、ある年の夏休みでした 。午前中から夕方まで、彼は一度も休むことなく教室へ通い続けました 。学習支援プログラムで取り組んだのは、特別な受験テクニックではなく、徹底した「基礎の積み上げ」です 。また、それ以外のプログラムでは、年下の子どもたちと過ごすことで、自然と「年上である自分」としての役割を果たせるようになっていきました 。
バラバラに散らばっていた知識(点)を、一つひとつ丁寧につなぎ合わせ、確かな理解という「面」に変えていく作業 。また、連日、年下の子どもたちや指導員と交わる中で、理不尽に感じられる場面もあったかと思いますが、きちんと「折り合い」をつけることができたこと 。それは、脳の過負荷を取り除き、自己の物語を再構築するようなプロセスでもありました 。
夏休みの終わりに彼が口にした「9月から毎日、4時限目まで学校へ行く」という言葉には、私たちも驚かされました 。「夏休みにジャンプ教室に通えたし、学校の方が楽かも」と、冗談とも本気ともとれる言葉とともに静かに笑った彼の表情には、自分の中に確かな「自信」を蓄えた強さが宿っていました 。不登校の期間中、彼は連続して「朝から夕方まで、家の外で過ごす」という経験をしていなかったはずです 。
その経験を夏休みの約1か月間でやり切ったという自信が、彼に「学校の方が楽」と言わしめたのだと確信しています 。
それからの彼は、給食こそまだハードルが高かったものの、毎日午前中の授業を受けられるようになり、3年生になる頃にはフルタイムで通学できるまでになりました 。その間も変わらず、月・火・水と週3日のジャンプ教室での学習支援プログラムに通い続けました 。
「国語辞典や英和辞典を素早く引けるようになった」「計算のスピードが上がった」「英文和訳の日本語が自然になってきた」「国語読解のポイントがつかめるようになった」など、利用当初に比べて、目に見えてできることが増えていきました 。
お母様がかつて願った「卒業式に出たい」という思い 。かつては行事のたびに精神的な疲れを感じていた彼が、最後は自分の意思で「出る」と決め、胸を張って卒業証書を受け取った姿は、一つの大きな結実でした 。
高校受験においても、彼は自分に合った学びの場を自ら見つけ出し、見事に合格を手にしました 。「分からないことがあれば、いつでも聞ける存在」、すなわち「彼にとっての居場所」がそばにあること 。その安心感が、先行きの見えない不安の中にいた彼の「心のよりどころ」となり、前を向いて一歩踏み出す勇気に変わったのだと確信しています。。
「もっと早くから勉強しておけばよかった」 卒業間際、彼がお母様に漏らしたその言葉は、学びが「苦痛な点の処理」から「自身の知的興味」へと変わった証ではないでしょうか 。
新しい春。教室を巣立っていく彼の行く先が、これからも彼自身のペースで、豊かな彩りに満ちたものであることを願ってやみません 。


